本記事は、先日NewsPicksにて公開された以下の記事を転載。加藤氏とタイボーン・キャピタル・マネジメントの持田氏がjinjerの今後について語っていきます。
近年、最も注目を浴びた市場の1つ、SaaS。マーケットの拡大に伴い、続々と新しい企業が生まれ、さながら「SaaS戦国時代」の様相を呈している。
そんななか、会社設立からわずか半年足らずで大型の資金調達に成功し、バックオフィスSaaS業界を異例のスピードで駆け上がろうとする企業がある。それが「jinjer」だ。
jinjerの今後の展望やバックオフィスSaaS業界の“台風の目”としての勝ち筋を、加藤賢氏と、同社のリードインベスターであるタイボーン・キャピタル・マネジメントの持田昌幸氏に聞いた。
なぜjinjerは「独立」の道を選んだのか
──jinjerは2021年に人材サービス大手のネオキャリアから独立されています。どういった経緯だったのでしょうか?
加藤:色々とうがった見方をされることもありますが、最初に断っておくと、ケンカ別れということは決してなく、円満独立になります(笑)。
我々は元々、ネオキャリアの新規事業としてスタートし、そこで立ち上げたのがバックオフィス業務全般の効率化をサポートするSaaS、「ジンジャー」です。
このプロダクトを私が事業責任者としてスタッフと一丸で育て、2020年ごろにようやく事業として芽が出そうなフェーズに入っていました。 今後の水の注ぎ方次第では、大きな花を咲かせるかもしれない──。
そう考えていた矢先、コロナ禍に突入。ネオキャリアの事業にも一定の影響がありました。
その中で、人材サービス業に原点回帰をしようという動きが強くなり、新規事業でかつ特にテックの側面が強いjinjer事業に対して、積極投資が難しくなっていきました。
そのような背景もあり、議論を重ねた結果、私が事業を譲り受ける形で、2021年10月に新会社・jinjerとして独立する決意をしました。
──ジンジャーはどんなプロダクトなんですか?
加藤:現在は、人事・経理・電子契約・コミュニケーション、この4つの分野に10のサービスを展開しています。
企業様のニーズに合わせ、各サービスを選択して組み合わせて利用でき、それぞれの領域における業務効率向上を実現するプロダクトとなっています。
ただ、我々がジンジャーを通して企業に提供したいのは、「企業が持っているあらゆる人事データを蓄積し、それを価値に変えていける仕組み」です。
例えば、バックオフィス業務では、入退社管理・社員名簿・勤怠管理・労務管理・給与計算・評価・各種保険・年末調整・経費精算・契約管理など、多岐にわたるデータを扱っています。
しかし、これらのデータが同一のデータベースに存在しているケースは少なく、各部、各システムごとに情報が点在しているのが実情です。
これでは、現状を把握するだけでも多くの時間を費やしてしまいます。 一方、ジンジャーでは、バックオフィスに関わるデータを1つのデータベースで提供しています。
各領域で発生したそれぞれのデータ項目が全て、1つのデータベースに蓄積されるので、複数の領域にまたがったデータもすぐに参照できます。
さらに、役職の変更などでシステム上の権限が変わった場合や、住所変更があっても、ジンジャーのデータベースを更新すれば、リアルタイムで各所の情報は最新のものに変更され、勤怠・人事・給与・経費・電子契約など、全てのサービスへ連携されます。こうした点も大きなメリットだと思います。
こうした構造でシステムを設計しているSaaSは、ジンジャーだけです。 データを整理・蓄積する目的で活用されている企業様も多く、1サービスを導入するよりも、最初から複合的にサービスを導入いただくケースが多いのも特徴です。
「プロダクト」と「営業力」の2軸でバックオフィス SaaSのトップへ駆け上がる
──ここからは持田さんも交えてお話を伺いたいと思います。タイボーン・キャピタル・マネジメント(以下、タイボーン)は、2022年3月にjinjerへ出資しています。SaaS戦国時代に、jinjerを選んだ決め手を教えてください。
持田:jinjerとはネオキャリア社から独立して間もないころにお声がけいただき、関係がスタートしています。
私どもとしても、市場環境調査や競合他社とも色々と比較するなかで、jinjerは非常にユニークかつ、バックオフィスSaaS領域で勝っていける企業だという確信のもと、出資を決めました。
加藤:正直、ここ数年はSaaSがトレンドだったので「とりあえずお金を入れておこう」と考える投資家も少なくありませんでした。
しかし、タイボーンさんは、jinjerがバックオフィスSaaS領域で本当に勝っていける企業なのか、厳しい目線で熱心にご指導やアドバイスをいただき、ぜひご一緒したいとリード投資家になっていただきました。
──持田さんが評価した、jinjerが「勝ち上がっていく」ポイントとは。
持田:端的にお伝えすると「プロダクト」と「営業力」。この2つです。
前者でいうとやはりjinjerが提供している「1つのデータベース」が、バックオフィスSaaS領域の他社と比較しても差別化できる強い部分だと思います。
というのも、企業がSaaSを導入する場合「労務はA社、人事はB社」のように、各分野で最適な製品やサービスを使って構築するのが一般的ですが、「HRは1つのSaaSだけで統一したい」というニーズも一定数あります。
バックオフィスSaaSは少なくとも1兆円弱の潜在市場があると言われていますが、実はそちらのニーズに応えられている企業は案外少ない。
その観点では1つのデータベースでデータが管理され、網羅性のあるプロダクトを展開するjinjerが、このカテゴリで大きなシェアを獲得する可能性は十分にあります。
また、スタートアップにありがちな「プロダクトはすごくいいのに、営業は不得意」という心配がないのも良い点かと思います。
jinjerはネオキャリアから独立した企業ということで、強い営業組織をすでに備えています。「ユニークなプロダクト」をしっかり「売れる」というのは、他のスタートアップではなかなか見られない魅力です。
加藤:ありがとうございます。 もちろんこの両面の強みがあるからこそ独立した背景はありますが、SaaS企業としては少し特殊な出自が、事業にもポジティブに働いているな、と。
ここは我々が、バックオフィスSaaS領域でトップを目指す際の「勝ち筋」になると自信を持っています。
なぜ企業の成長フェーズで「人」がボトルネックになるのか
──他に持田さんが注目したポイントはありますか?
持田:jinjerは創業フェーズであるにもかかわらず、組織体制の面でもしっかりした土台ができています。 やはり、急成長するスタートアップが苦労するのは人材集めなんですよね。
せっかく事業が伸びているのに、人が足りないために成長が鈍化する企業も多いですから。 例えば、事業規模が同じくらいのスタートアップの場合、100〜150人程度の従業員数が一般的。一方、jinjerはすでにその倍以上の体制です。
加藤:ネオキャリアからの事業譲受に伴い、ジンジャーのサービスに関わってくれていたスタッフ全員にアンケートを取ったんです。その結果、納得感を持って約300名のスタッフがついてきてくれました。
その点は本当にありがたいですね。 元々、サービス立ち上げ当初から一緒にやってきたメンバーなので、目的意識の共有という面でも、土台が整っている認識はあります。
持田:多くのSaaS企業でボトルネックになりがちな「人」の問題がすでにクリアできている。これは今後の成長フェーズを踏まえると、非常に大きなポイントです。
加藤:欲を言えば、今後はCXO層の採用を強化していきたいですね。
jinjerは良い意味で叩き上げ集団。無骨に事業を進めていける足腰の強い会社ですが、ここに特定の分野で知見のある方に加わっていただけると、化学反応が起きると思うんです。
持田:その点は私も非常に期待しています。 また、もう1つ付け加えるとすると、加藤さんがネオキャリアでトップに近い立場で経営をやられていたのも大きい。
そこから新規事業としてjinjerをスタートさせ、スピンアウトという流れなので、ある意味、連続起業家に近い立場です。
どんなスタートアップ企業でも、苦しい時期は必ず訪れます。 その時、加藤さんのように組織の浮き沈みを知っている方が舵取りを行っていれば、冷静な組織運営が期待できるでしょう。そこも投資家としては重要な強みだと思います。
バックオフィスSaaSは「パイの奪い合い」ではない
──SaaS市場は国内外問わず年々拡大していますが、すでにレッドオーシャン化しているのでは?という声も聞かれます。このトレンドをお二人はどのように見ていますか。
加藤:業界外からはそういう声を聞くこともあります。SaaSは間違いなく、この1〜2年で最も注目を浴びた産業の1つでした。
とくにHR領域では有力な企業が続々と出てきているので、外から見れば競争が激しい印象を受けるのかもしれません。 ただ、私の肌感では、むしろ余白がたくさんあるとさえ思っているんです。
というのも、みなさんが想像している以上に「SaaS」という概念は世間に広まっていません。
今後は競合他社とも連携しながら、合従連衡のように、こうしたニーズを埋めていくことが大事かなと考えていて、現場の実感としては、まだまだマーケットは大きくなるだろう、と。
持田:そうですよね。今、日本国内で業務システムや人事システムにSaaSを導入している企業は、全体の3分の1程度。そのなかで、いわゆるオンプレミスや旧来型のパッケージシステムを導入している企業が、SaaSへの置き換えを徐々に進めている最中です。
また、これまで紙やエクセルで人事や経理の管理を行っていた企業が、DXの一環としてSaaSを新規導入するパターンも増えています。 バックオフィスSaaS市場はこの「置き換え」と「新規導入」の2軸で拡大しているイメージです。
加藤:「いまだにファックスが現役」という会社もありますよね。 その余白が残っているうちは、バックオフィスSaaS業界がレッドオーシャン化しているとはまったく思いません。
構造的な強みを活かし、バックオフィスSaaS領域の「台風の目」になる
──そこから先、より長期的な目線ではいかがでしょうか?
加藤:当然、競合が増えてくるとは予想しています。その過程でシステム的に親和性が高い企業同士でのM&Aなどが進み、ある程度陣営ができてくるでしょうね。
持田:ここでプロダクト・営業力の強みが活かされてくる、と。
加藤:はい。先ほど、持田さんが「社内システムを1つのサービスで統一したいニーズがある」というお話をされていましたが、個別展開していたプロダクトを、急に1つのデータベースの管理に変更するのは物理的に難しいと感じています。 もしやるなら、システムを1から作り替えないといけないので。
この「後追いしづらい」という点は、営業力も似たところがあります。 現状、SaaS企業各社でタクシーCMの枠を奪い合っているような状況ですが、実際のところ、広告だけでリーチできる企業は限定的です。
我々の場合、やろうと思えば極端な話、飛び込み営業をして泥臭く市場を開拓することもできるので、打ち手としてはまだまだ伸びしろがたくさんあります。
持田:「泥臭くやる」風土を、スタートアップ的なカルチャーを持つ企業が後から身につけるのはかなり難しいですよね。
加藤:おっしゃる通りです。結局のところ、SaaSはマーケットに競合プレイヤーが増えるほど、プロダクトごとの差異がなくなってくる。
そのフェーズに入ったとき、どこで差別化できるのか。jinjerで言うと「1つのデータベース」や「営業力」といった構造的な部分です。
これは他社が後追いしづらい要素ですから。 キーエンス、楽天、ソフトバンクなど、国内のビッグプレイヤーの例を見ても、状況によって営業サイドが事業を引っ張っていくことができると強い。
逆に、国内のtoB市場で大きくなった企業で営業力がない企業を少なくとも私は知りません。
我々はこれらの企業と同じ要素をすでに持っています。この強みを活かし、2030年までに日本のSaaSの中においてナンバーワンになることを目指してやるつもりです。
ある経営者の言葉に「(会社の時価総額が)100億円以下の会社がなくなっても誰も困らないが、1,000億円以上の会社はあったほうがいいし、1兆円以上の会社は社会になくてはならない」というものがあります。
時価総額が兆まで達すると、もはや会社という枠を超えて、社会的なインフラとしても機能する。やるならそこを目指したいし、会社のメンバーも共感するところです。
今回、せっかく新会社としてスタートしたわけですから、SaaSを通じて「jinjerが社会になくてはならない」世界を達成したいですね。
・撮影:茂田羽生
・デザイン:Seisakujo inc.、田中貴美恵
・編集:中野佑也、樫本倫子NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。